農業者インタビュー
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市内唯一の「マスカット・オブ・アレキサンドリア」の産地 福岡空港周辺で60年以上の歴史を誇る「月隈ブドウ」

月隈ブドウ部会

 九州の空の玄関口である福岡空港の東側に位置する月隈地区。都市化が進む福岡市内で60年以上にわたりブドウ栽培を続ける月隈ブドウ部会があります。主に「マスカット・オブ・アレキサンドリア(以下:アレキ)」「ピオーネ」「シャインマスカット」を栽培し、市場へ出荷しています。今回は部会長の光安浩一郎さんから、歴史や栽培への想い、今後の展望について伺いました。

モモからブドウへ転作 消費者志向の品種栽培

 かつてはモモの産地だった月隈地区。しかし「風ですぐに実が落ちる」など栽培の課題が多く、昭和35年頃から県の指導でブドウへの転作が始まりました。山の斜面に広がる農地は水はけが良く、ブドウ栽培に適していたことや、高度経済成長により果物のニーズが高まったことも栽培拡大を後押ししました。「私が小学生の頃は、立花寺から金の隈あたりまで広がるブドウ畑を見て育ちました。おぼろげな記憶ですが、農家は30~40軒ほどあったと思います」と浩一郎さんは振り返ります。ブドウの栽培品種も時代とともに少しずつ変化。栽培が始まった頃は「キャンベルアーリー」や「ベーリーA」が主流でしたが、その後、大粒の品種が好まれるようになり、「アレキ」「ピオーネ」「巨峰」が栽培されるようになりました。特に「アレキ」は、今から50年ほど前に、浩一郎さんの父 忠さんが岡山県を視察後、栽培を始めたことをきっかけに広がり、現在も生産全体の7割を占め、今では福岡市内唯一の産地となりました。最近は種が無く、皮ごと食べられる「シャインマスカット」のニーズも高まってきています。

月隈ブドウの代表的な品種「アレキ」 沖縄盆への出荷は20年以上

 紀元前から栽培され、クレオパトラも好んで食べたという逸話をもち、「ブドウの女王」と呼ばれる「アレキ」。贈答用の最高級ブドウとして人気です。月隈地区では20年以上、沖縄県の盆用に「アレキ」を出荷。生産者は毎年変化する沖縄盆(旧盆)の日程に合わせて安定出荷できるよう、収穫スケジュールを調整しています。

栽培のこだわりは「適正な着果量」 地球温暖化を肌で感じながら美味しいブドウ作りに奮闘

 ブドウは3月に発芽し、約5カ月かけて成長、8月から9月中旬に収穫します。美味しいブドウを育てるには、適正な着果量を心がけ、一本の樹に房をつけ過ぎないよう管理が必要です。ブドウが実を付ける初夏から盛夏にかけては暑さとの戦い、気温と湿度が高い中、ハウス内で虫の防除や摘果、袋掛けなどに汗を流します。「ここ数年は特に暑くて、熱中症になりそうな日もありました」と、地球温暖化を肌で感じているそうです。
 また、暑さの影響はブドウにも及んでいます。夜の気温が下がらず、日中も暑い日が続き、「ピオーネ」など黒系ブドウの色付きが悪くなったり、実が赤く日焼けしたりと出荷に影響が出てしまうそうです。それでも「お客さんから『美味しかったよ!』と言われることが嬉しいから頑張れる」と、試行錯誤しながら日々美味しいブドウ作りに励んでいます。

若い世代は「時代に合った農業をめざして」

 月隈地区も農業者の高齢化と後継者不足が課題ですが、令和元年に光安綜一郎さん(父 浩一郎さん)が、令和4年に関裕崇さん(父 富昭さん)が就農し、若い新たな力が加わりました。「栽培技術を高めていくと同時に、農業についてより深く勉強してほしい。そして自分たちの感性を大切に、時代に合った農業をめざしてくれたら」と次世代を担う2人に未来を託す浩一郎さん。ブドウを作り続ける月隈ブドウ部会の歴史は、着実に新たな世代へつながっています。

(令和5年8月取材)